『Man on the Run』を見て

 ポールのウィングスに対する評価は、おっっっっそろしく低い、というのが、これまでの印象だった。

それに加えて、本人もビートルズのことは多く語ってくれるのに対して、ウィングスのことはあまり語りたがらない、というスタンスもあったと思う。


ビートルズは、色々な見方があると思うけれど、リバプールという地方都市の労働者階級生まれの少年たちが音楽で成功を掴み年を重ねるにつれてそれぞれの道を選んで別れていく、少年が青年になるひとときのイメージがある(ま、そんな綺麗事だけじゃないんだけど、バンドの持つナラティブ的なイメージの話)その終わりは、万人が思うハッピーエンドではないけれど、最後に『アビーロード』という傑作が遺されたこともあり、ビートルズの物語はその終わりまで含めて、多くの人に愛されている。そうとなれば、ビートルズの一員だったポールも、大好きなメンバーと共に過ごした日々のことなら、明るい語り口でバンドを語ることができるのだろうと思うのだ。


じゃあウィングスはどうなのか。

六十年以上に渡るポールのキャリアの中で、ウィングス時代のポールはビートルズ以上の記録を持ったものがいくつもある。シングルの話をすると、ウィングスの『Mull of Kintyre』はイギリスで200万枚という当時の歴代最高記録のセールスを叩き出していたり、ツアーの話になると76年の「ウィングス・オーバー・ザ・アメリカツアー」は観客動員数の記録を塗り替えたり、ライブアルバムは三枚組ながらチャート1位を獲るなど、本当に驚異的な記録を数々持っていた。元ビートルズの括りを捨てたとしても、七十年代に二度目の成功者となったポールは、間違いなく最も売れたミュージシャンであり、その彼のバンドであるウィングスは最も売れたバンドの一つだった。


それなのに、ビートルズと比較するとウィングスの物語は、中々に厳しいイメージが内包されて、紡がれてきたと思うし、その評価は今回の映画を見てもそこまで変わらない。

というのも、バンドの始まりと終わりをどう切り取ろうにも、ウィングスの始まりはビートルズの終わりと重なるものであって、成功の波に乗るまではバンドは波乱に満ちていて、七十年代を圧倒する存在になりながらもどこかランナーズハイのように駆け続け、その終わりはポールの日本での逮捕とジョンの死と重なる。ビートルズが無名の若者たちの成功の物語だとするなら、ウィングスは成功者が落日を迎える悲劇の物語とも言える。


ビートルズで失敗をしてしまったことを、ウィングスでは失敗しないように。

ポールがソロではなく再びバンドでの活動を決めた時に刻み込んだのは、そんな思いだったんじゃないかと感じる。「いいリーダーになろうとした」というポールの言葉が映画にもあったけれど、そういったバンドの「形」の話よりも、もっと裏方的なところにその教訓は活かされている。

今回はあまり語られていないが、ウィングス(及びポール)のマネジメントはイーストマン家に任せたこと、版権管理のために個人事務所のような形でMPLを設立したことの二つは、ノーザンソングスとアラン・クラインの二の舞を演じることを嫌ったように見える。当初、バンドメンバーへの支払いを基本的に給与制にするというところも、メンバー間の金銭トラブルを極力避けたい形で取られたのかもしれない。初めはポール・マッカートニーのバンドで演奏することの名誉に浮かれていた若き才能たちが、自分よりも何百倍も稼いでいるボスが「僕らは家族みたいなバンド」と語る姿を見て、現実と理想のギャップに失望していくのはある意味仕方がなかっただろう。どう足掻いても、ポール・マッカートニー以上の存在になれないが、その雇い主に対しては不満たらたら(金払いも良くないし)で、アフリカに行こうと言われたら、バンド抜けるわと言いたくもなる。

良くも悪くも、ポールはビートルズしか知らなかった。

ジョンに誘われて初めて入ったバンドが『クオリーメン』で、そこからずっとジョンとジョージという幼馴染たちとバンドをやり続けてきた。リンゴを加えてビートルズになり狂乱の日々に飲み込まれていくと、ただのバンドメイトではなく、唯一信用し合える絆を持った仲間へと変化していく。そうして培われた友情は、例え解散で一度は壊れかけたとしても、時をかけて再び戻っていく。

それだけあの四人の絆は太く強いものだったのだろうし、言い換えれば他の人間とそこまでの強い結びつきを得る事は難しい。それが雇い主と従業員という立場なら、なおのことだ。


そこそこにコントロールフリークで、人の話を聞かずにとんでも企画を持ってくるポールではあるけれど、ずっと正気を失ったままかというと、そうではないのが彼の厄介なところなのかもしれない。自分の才能を前にして、他者など気にならないのかと思いきや、意外にも他者からの評価というものをポールは気にする人間だ。むしろ、自分の見せたい自分、パブリックイメージとしてのポール・マッカートニーのズレを嫌うし、メディアからの批判も気にして、その言葉に影響されるタイプだ。嫌われたくない。いい子でいたい。常に愛されていたい。カメラの前で笑顔を見せて(見せたくなかったとしても)、意地の悪い質問にも戯けた様子で答える姿には、そんな想いが滲んでいらように見える。ショービズの世界を生き抜くためなら冷徹なビジネスマンの顔を持って、空気を読まない負けず嫌いさがあって、それでいて覗く寂しがり屋な素顔。


映画では、これまで公の場で「ジョンに向けて言いたくても言えなかった」ことが、かなり整理されて紡がれている。ポールの中でずっとトラウマのようになっていた「ビートルズを解散させた張本人」という70年代の呪いが、アンソロジーから始まったビートルズのプロジェクト群、特にGet Backの映画を通じて少しずつ解けていった故に、この映画の中でも語ってもいいと思うようになったように思う。ポールがビートルズの解散の決定的な要因を「ジョンが辞めると言ったから」という言い分も、ここ10年くらいのインタビューでハッキリと聞くようになった気がする。

以前のラジオでのインタビューで、「ジョンが脱退宣言をしたとしても、ジョージとリンゴと3人で続ければよかったのでは?」という質問に「ビートルズは四人でなくてはいけなかったし、ジョンが辞めるならもう先はなかった」と答えていたことがある。それだけビートルズはポール(ジョージやリンゴ)にとって、ジョンがいなくては成立しないバンドだったし、その本人が辞めると言い出したのなら続きはなかった。ジョンが辞めると言い出したのに、世間に言い出さないことにポールがフラストレーションを抱いて、彼からぶちまけちゃった気持ちもわかる。

そんなポールからビートルズの解散宣言を奪われただけでなく、訴えられるという目にあったジョンは、”How do you sleep?”で応酬を繰り広げるそのジョンの屈折したポールへの愛憎加減といったら…。そんなジョンの言葉に傷ついて、ふざけんな!と思いながらも、やっぱりポールはジョンを愛しているんだなと感じるのは、ジョンの愛すべきところを語る姿だろうか。後に『平和の使者』として聖人化されていくジョンを、ポールは戸惑いを持っていることが多々あった。ポールにとっては、世界平和のための殉教者なんかではなくて、幼馴染で、とんでもないことをやらかすけれど、そこには優しさと不器用さがある、一人の人間、友人だったのだからそう語るのは当然だろう。

映画で、口論をしているとジョンが眼鏡を外して"It’s only me. I’m still the guy that you loved in Liverpool"とポールに言ったと語ったというエピソードが語られる、以前も聞いたことがあった話だが、the guy you loved…の部分はこれまで聞いたことがなかったから、もしかしたらポールの思い出補正かもしれない、それとも、それとも、本当にジョンはそう言った…?


少々うがった見方だが、ウィングスにリンダを連れてきたのは、ポールが創作のパートナーを必要としたというよりも、ジョンとヨーコへの対抗の思いがあったのではと思うことがある。今回の映画でも、リンダとポールの結婚の様子や、ジョンとヨーコのベッドインの様子が交互に挿入されている場面を見ると、観客に示唆させるような気がしてならない。アヴァンギャルドな立場で平和と愛の政治活動に勤しむ二人を横目に、それとは真逆の「奥さんと子供と一緒にツアーを回る善きパパ」というイメージを打ち出したのは広報戦略としてあまりに出来すぎているし、「ジョンができるなら、もっとうまくできる」と負けず嫌いを発揮したように見える。当初、世間はアルバムでボーカルを取るリンダを見て「ポールはリンダの言いなりになっている」と思っていた人もいたようだが、恐らくはこれも逆で、ポールの絶対的なコントロール力があったからこそ音楽的には素人のリンダがバンドにいられたのだろうと思う(リンダの心労は相当だったろう…)ビートルズがなくなりかつては他の3人がそうだったはずの、自分の味方でずっと隣にいてくれる誰かをポールは求めて、それがリンダになった。バンドに家族性を求めたポールが、ウィングスにリンダを求めたのは必然だったのかもしれない。


映画の中ではジョンとの対立だけではなく、彼への深い愛情も語られるけれど、ポールからジョンへの愛が、決して独りよがりなものではないことを、映画ではショーンが語ってくれている。絶妙な人選だと思ったのは、ジュリアンはここまで父に寄り添って語ることはできないし、ヨーコはもっての他。ショーンは70年代後半の穏やかなハウスハズバンド期のジョンと、そのジョンを尋ねていたポールを知っているし、何より今の彼はジョンとヨーコだけでなく、ビートルズも同じように守り語り継いでいく役割を得ている。ジョンが映画の序盤で「ポールの一枚目のアルバムは薄っぺらい」なんて評していた『McCartney』のレコードは、他のレコードに比べて磨耗していた、とショーンは語っている。それはジョン自身がどれだけポールのことを想ってあのアルバムを聴いていたかの表れだと。あの二人の出会いは、千年に一度の奇跡だったかもともショーンは語る。うん、ヨーコの口からは絶対出てこない言葉だ。ジョンの代弁者としてショーンは、その言葉を誰よりもジョンを愛しているであろうポールに贈っている。

それ故、ジョンの死が訪れたことで、本当の意味でポールが大人にならなくてはいけなかったとショーンが語る姿は心に刺さる。ニューヨークとロンドン、離れた距離であっても、友情は続いていた。今は難しくとも、もしかしたらいつかまたジョンと作曲をする日が来るかもしれないと、そんな希望を持っていたかもしれないポールは、正真正銘、世界で一人きりになってしまった。

「それでも、ジョンとは和解できていたから良かった」とポールはよく語っているけれど、あれはジョンの死という不可逆的な悲劇に対する、自分自身の心を守るための防衛本能なんじゃないか、と感じてしまう。ポールが望んだ和解は、裁判が終わることでも、ニューヨークのダコタで談笑うすることでもなく、ジョンと音楽を作ることだったんじゃないか。『Here today』の歌詞を見ると、ポールにも「伝えたかったけれど拒絶されるのが怖くて伝えられなかった」想いが沢山あったことがよくわかる。「一番の親友と喧嘩しないでどうしろって」とジョンは言っていたけれど、本当は喧嘩なんかよりも、もっと伝えたかった言葉が…。


映画は1980年の出来事で幕を閉じるが、ポールの物語は当たり前だが1980年では終わらない。ジョンのいない世界を亡霊のように生きながら、迷走しまくって、少しずつ前を向いて、89年に作り出した『Flowers In The Dirt』を引っ提げ、『Get Backツアー』で再び世界の大舞台に戻ってくる。

ショーンの言う、本当に大人になった瞬間があるのなら、それはこの時なんじゃないかなと考える。


ともあれ、映画では何度傷ついても、その度に乗り越えて戻ってくる。そんな起き上がり小法師というか、ポールが不屈の人であることを思い出させてくれる。

あぁ、もう、この人ジャンプ主人公タイプすぎるな…。


できることなら80年代以降のポールのドキュメンタリーも作られて欲しいところ。

というか、ウィングスのカタログ整理が終わったのなら、次はソロを、ぜひ!


ポール・マッカートニーの物語はまだもう少し続いていく…。

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