名曲が永遠に変わるとき



東京オリンピックの開会式で『Imagine』が流れたのを覚えている。ゲーム音楽と共に選手入場が始まってひと段落しているときに、馴染みのある曲を聴くことになったことに少し驚いた。平和の祭典であるオリンピックなのだから、確かにイメージはピッタリかもしれない。

そう思った半年後には、冬季オリンピックが開催された北京で、そして2024年のパリの開会式でも『Imagine』は使用されることになった。

パリの開会式でのNHKの解説によると、今後のオリンピックの開会式では『Imagine』が歌われることになったというから、もしかしたら来年の冬季ミラノ・コルティナ、28年のLAの開会式でも耳にすることになるのかもしれない。


『Imagine』はシンプルさが魅力のアンセムだ。 今の社会を形作っている礎である「国、宗教、物質主義、争いといったもののない、平和で理想的な世界を『想像』しよう」と呼びかける歌詞は共産主義的と当時は言われたようだが、ユートピア的な世界を願う祈りは現代でも歌い紡がれている。

マドンナやエルトン・ジョンをはじめとする多くのミュージシャンにカバーされており、上記に挙げたようなオリンピックだけでなく、国連行事、追悼、チャリティイベントといった様々な場でも歌われ続けている。

そんな表題曲が収録されたアルバム『Imagine』は、ビートルズ解散後、ポールとの壮絶な大喧嘩の最中に作られたということは、ファンはよく知ってると思う。

『Imagine』では全人類の恒久的世界平和を願う聖人のように見えるジョンが、ただ一人の親友と仲直り一つできずに個人攻撃の極みともいえる『How do you sleep?』を書いて、それを同じアルバムに入れちゃうという矛盾。理想の自分と現実の自分、どちらにも正直なところが、ジョンらしいと言えばらしいけども。

しかし、『Imagine』はそんなジョンの持っていた人格的矛盾や私的感情を超えて、発表当時よりもはるかに大きな存在になっている。1980年のジョンの死と2001年の9.11という二つの出来事の後、社会はこの曲に『人が平和を想像する』役割だけでなく『すべての人類への鎮魂歌』という役割を与えてしまった。

特定の国家、宗教、思想に触れることなく、ただ想像をすることを諭す、祈りの曲。作り手であるジョンの手を既に離れ、『Imagine』は永遠に語り継がれる曲になっている。





名曲は世界に数あれど、同じような立場に置かれた曲として、オアシスの2曲が当てはまるんじゃないかと思っている。


1曲目は『Live Forever』。

元々はソングライターである兄ノエルが、90年代を席巻していたグランジが持っていた生きていることに虚無感を覚えるような自己嫌悪や抑鬱的な気質を嫌って、なら「永遠に生き続けてやる」という曲を書いたのが始まりだ。歌詞を見ると、「ただ生きていたいだけ、死にたくないだけ」と歌う姿は自己中心的というか、好き勝手に二人で生存宣言をかましている曲だ。

しかし、この曲がライブで歌われると、その印象はまるっきり変わる。レコードでは二人だったYou&Iは、ライブ会場の自分の周りにいる何万人ものYou&Iになり、Weはこれまた何万人もの人間と自分を含めたWeになる。レコードでは永遠に生き続けてやると歌ったことが、ライブでのシンガロングでは生きていることを讃え肯定する人間讃歌であるように聴こえてくる。

ライブで『Live Forever』は、トリビュートとしての一面も持っている。彼らが尊敬するミュージシャン、ディエゴ・ジョタのような悲劇的な死を迎えたスター、そして命を落とした多くの人たちに捧げられて、あの曲は歌われる。

『Live Forever』もまた、ノエルの反発心から生まれた始まりを超えて、人々が人生を謳歌する喜びを胸にする曲に変質していった。



オアシスのアンセム的なもう一曲は言わずもがなの『Don't Look Back in Anger』。

この曲は、発表された90年代当時から既に国民的アンセムとなっていた。ライブ、フェス、サッカー(シティ限定だろうがw)、パブなどで、イギリス人がみんなで肩を組んで歌っているイメージは、初期の頃からあったものだ。「イギリスの第二の国歌」と、日本のメディアも紹介していたこともあったため、UKロックのシンガロング定番曲という認識も強かった筈だ。


この曲が普通の国民的アンセムから、もう一段階上の『追悼と赦しのアンセム』に変わる瞬間を、自分はリアルタイムで見ていたので、少し感慨深い。

きっかけは2017年のマンチェスターのライブ会場での爆破テロ。まだイスラム国のテロが欧州各国で多くあった時期だった。事件後、街全体が深い喪失と恐怖の中に沈んでいた中、追悼のために自然発生的に人が集まり始めた広場で、誰かが歌い出したのがこの曲だった。怒りでも、復讐のでもなく、ただ静かに「過去を振り返るな」と歌う声がだんだんと重なって響いていく姿。

『Don't Look Back in Anger』 は『Imagine』の冒頭のジョンのピアノを模したように始まり、前半の歌詞はジョンとヨーコのベッドインの記者会見からの引用も多い。かの曲は、インスパイアされた『Imagine』と同じように、今や『追悼と赦しのアンセム』になっているだろう。

 




曲は、作った人間、歌った人間、作者の手を離れて解釈されるようになった時に、最も輝き始めると思っている。

作者がどんな願いを込めたのか、どんな怒りや悲しみ、祈りを内包していたのか。そういった一時的な情報を超えて、社会が曲に役割を与えた時、新たな意味を持って、誰かの人生の中に入り込み、別の感情と結びつき、その価値は再定義される。

そうして、作者の意図や、作者自身が背負っていた影すらも静かに乗り越え、いつの間にか「誰かの曲」ではなく、「みんなの曲」して生き始めたとき、曲は本当の意味で永遠のものになっていく。


『空の境界』という伝奇小説があるのだけれど、その終盤、死を待つキャラクターの一人に占い師が声を掛けるシーンがある。そこで告げられる『それでも、貴方の夢は生き続けるわ』というセリフを、自分は時折思い出す。


誰かが作り出したものは、やがて作者の手を離れ、本人の知らない場所へ運ばれていく。

別のミュージシャンに拾われ、別の解釈を与えられ、社会の出来事と結びつき、時に政治と絡め取られ、時に祈りのように抱かれて、何度も意味を塗り替えて、永遠に生きていく。


「あなたの夢は生き続けるわ」と。

12/8になるとどうにも『Imagine』のレコードを前にそう呟きたくなる。

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